清水卯三郎(しみずうさぶろう)はどんな人物なの?

この記事では、NHK朝ドラ「風薫る」の中で、瑞穂屋を営む主人として描かれている清水卯三郎(坂東彌十郎)さんがどんな人物だったの詳しくお伝えしています。

NHK朝ドラ「風薫る」では、りん(見上愛)や美津(水野美紀)に優しく接してくれる主人で、リターンのない取引はしないというところが印象的な役どころです。

 

ここからは、実在する清水卯三郎さんがどんな人だったのか詳しくみていきます。NHK朝ドラ「風薫る」に興味がある方はご覧ください。

羽生の町から、遠い世界を見つめて

幕末の日本では、多くの人々にとって「世界」はまだ遠い存在でした。海の向こうには異国がある。西洋には強大な国々が存在する。知っていてもそれは、霧の向こうの出来事のようだったのです。

そんな時代に、遠い世界へ強い関心を抱いた男がいました。清水卯三郎です。1829(文政12)年、卯三郎は武蔵国埼玉郡羽生村――現在の埼玉県羽生市に生まれました。

 

家は酒造業。先祖が小田原北条氏に仕えた武士の家柄で、比較的恵まれた環境だったといわれています。

家訓として「困っている人々には進んで物品を与えよ」という精神が根付いており、その気質は卯三郎の生涯にも色濃く受け継がれました。

 

母が早世したため、卯三郎は幼少期から伯父・根岸友山のもとに預けられていました。友山は勤王運動家であり、壬生浪士組(新選組の前身)にも一時かかわりを持つ人物で、その家には志士や浪士、学者が絶えず出入りしていたようです。

 

12歳で友山の師・芳川波山(一説に吉川波山)に漢学を学んだほか、数学、薬学なども修めた卯三郎は、知的な刺激に満ちた環境のなかで育ちました。

けれど彼は、土地に根を下ろして生きるだけでは満足しませんでした。1849(嘉永2)年、21歳で江戸に出ます。

 

卯三郎が強く惹かれたのがオランダ語(蘭学)でした。蘭学者や幕府天文台本役員のもとを訪ね、語学を徹底的に学びました。

さらに英語も習得し、卯三郎の語学力は幕末の国際交渉の場で発揮される礎を着々と積んでいきます。黒船来航や列強の圧力。そして揺らぐ幕府。

 

日本は、閉ざされた国のままではいられなくなっていたのです。そんな空気を、卯三郎は敏感に感じ取っていたのかもしれません。

彼は後に商人となります。しかし、利益だけを追う実業家という印象は薄い人物です。むしろ彼には、「知識を運ぶ人」という横顔がありました。

 

外国の言葉を学び、異国の文化を知り、それを日本へ持ち帰る。卯三郎は、時代の変わり目に向かい、足を踏み出していました。

また1857(安政4)年には、幕府が開設した長崎海軍伝習所への入所を、商人の身分を理由に断られるという屈辱も経験しています。このとき伝習所に派遣されていたのが、勝海舟でした。

 

ふたりはここで出会い、以後37年間にわたって深い交流を続けました。勝海舟が書き続けた『海舟日記』には、たびたび卯三郎の名前が登場しています。

薩英戦争――敵と味方のあいだに立った通訳

1863(文久3)年、薩摩藩とイギリス艦隊が衝突。生麦事件をきっかけに起きた薩英戦争でした。横浜での貿易業を経て語学の実践を重ねた卯三郎は、薩英戦争において、大きな役割を果たしました。

幕府から正式な許可を得てイギリスの軍艦に乗り込み、イギリス側の通訳として和平交渉に奔走したのです。

 

このとき卯三郎は、イギリス側に拘束されていた薩摩藩士・五代才助(のちの五代友厚)と松木弘安を自らの実家や親戚宅に匿い、保護したことでも知られます。

幕府と薩摩が激しく対立するなか、命がけで人を守る行動は、卯三郎の人格の誠実さを示すエピソードとして後世に伝わっています。

 

福澤諭吉は著書『福翁自伝』のなかでこの出来事を詳しく紹介し、卯三郎の功績を高く評価しました。近代兵器を備えたイギリス海軍に対し、日本側はまだ旧来の軍備が中心でした。

この戦争は、日本に「西洋との圧倒的な差」を痛感させた出来事でもあります。その緊張のただ中に、卯三郎はいました。

 

彼は通訳として活動し、イギリス側との交渉にも関わったとされています。現代では「通訳」は専門職として知られていますが、当時の日本で外国語を扱える人材はごくわずかでした。

しかも幕末の外交は、単なる翻訳作業では済みません。言葉の行き違いが、そのまま砲撃や流血につながる時代です。

 

卯三郎は、敵意と不信のあいだに立ちながら、双方の意思をつなごうとしました。そこには、攘夷か開国かという単純な立場では測れない現実がありました。

外国を拒絶するだけでは、日本は立ちゆかない。しかし、無条件に従えばよいわけでもない。卯三郎自身もまた、その狭間で揺れていたのかもしれません。

 

けれど少なくとも彼は、「敵か味方か」だけで人を見ていなかったように思えます。通訳という立場で戦火の間に立った経験は、その後の卯三郎の人生にも大きな影を落としたのでしょう。

パリ万国博覧会と日本文化の発信者

1867(慶応3)年、フランス・パリで万国博覧会が開かれました。世界各国が技術や文化を競い合う巨大な舞台です。

日本からも使節団が派遣されましたが、その中に清水卯三郎の姿がありました。卯三郎は商人として万博に参加し、日本の品々をヨーロッパへ紹介します。

 

刀剣、漆器、酒、醤油、人形――。それらは単なる商品ではありませんでした。西洋の人々にとって、日本はまだ「遠い東洋の島国」です。

卯三郎は、品物を通して「日本という文化そのもの」を伝えようとしたのでしょう。日本茶屋の出展は現地で評判を呼び、パリの新聞にも取り上げられて連日大盛況を誇ったと伝わります。

 

当時のヨーロッパでは、やがて「ジャポニスム」と呼ばれる日本文化ブームが起こります。浮世絵や工芸品は、多くの芸術家に影響を与えました。

博覧会を終えた卯三郎はすぐには帰国せず、イギリスをはじめ欧州各地にとどまって学問、工芸の現場を精力的に視察したそうです。

 

その後、アメリカを経由して帰路につき、1868(慶応4)年5月に帰国しました。アメリカで目にした歯科器具や印刷技術は、帰国後の卯三郎の事業へ大きな影響を与えました。

ちなみに、同じパリ行きの一団には、後に資本家の第一人者となる渋沢栄一もいました。ふたりはいずれも埼玉出身の非武士階級でありながら、明治の産業近代化を後押ししました。

文明開化の東京で

パリから帰国した卯三郎を待っていたのは、急速に姿を変え始めた東京でした。洋装、鉄道、ガス灯、新聞。昨日までの常識が、次々と塗り替えられていく時代でした。

そんな東京・浅草で、卯三郎は「瑞穂屋」を開業します。そこでは洋書や輸入品、西洋の医療器具などが扱われていました。

 

海外を実際に見てきた卯三郎にとって、西洋文明は単なる憧れではありません。

「日本に必要なものを、どう取り入れるか」

 

それを考える対象だったのでしょう。彼は特に歯科医療の分野にも関わり、医療器具の輸入や関連書籍の出版に携わったとされています。

また、文字や教育にも関心を持ち、仮名文字の普及を提唱したともいわれています。1869(明治2)年、日本で初めて石版印刷を行いました。

 

筆跡をそのまま写し取れる技術は人々に強い驚きを与えました。卯三郎は西洋の知識や技術を、日本の社会へ根付かせようとしていたのでしょう。

商売のためだけなら、利益の出る商品を扱えばいい。けれど彼は、本や技術や言葉を日本へ運び続けました。文明開化とは、単に西洋化することではありません。

 

新しい知識を受け入れ、自分たちなりに咀嚼し、社会へ根づかせていくことです。卯三郎は、その変化の現場に立ち会い、西洋の知識や技術を国内に根付かせた人でした。

歴史の片隅に残る灯火

実業の世界で先駆的な足跡を刻む一方、卯三郎は言語・教育の分野でも独自の理念を持ち続けました。欧米を渡り歩いた経験から、識字率の向上こそが国民全体の知識向上に直結すると、強く感じていたからです。

1873(明治6)年、卯三郎は福沢諭吉、森有礼、西周ら当時最高峰の知識人が集う啓蒙学術団体「明六社」に、商人出身ながら有力メンバーとして参加しました。

 

1874(明治7)年、「かなのとも」という会を発足し、機関誌『かなのみちびき』を創刊しました。

漢字を廃止してローマ字に移行しようとする一部の意見がありましたが、卯三郎が求めたのは「やまとことば」と「ひらがな」でした。

 

西洋技術を貪欲に取り入れながらも日本語の音を守ろうとする国粋主義的な信念が、そこにはありました。

1910年、清水卯三郎は82歳で亡くなりました。教科書で大きく語られる人物ではありません。けれど彼の人生をたどると、幕末から明治へ変わっていく日本の姿が静かに浮かび上がってきます。

 

外国語を学び、海の向こうへ渡り、異文化と向き合い、知識を日本へ持ち帰る。それは、簡単なことではありませんでした。まだ多くの人が「異国」を恐れていた時代です。

その中で卯三郎は、世界を見ようとしました。清水卯三郎は渋沢栄一ほどには名が知られていませんが、近年は「文明開化の先駆者」として再評価が進んでいます。

 

石版印刷、活版印刷機の初輸入、歯科機材の初輸入と歯科機械工場の設立、かな文字運動の先導、内国博覧会の提唱。

いずれも日本近代史に、確かに残されています。歴史は、ときに大きな声を上げた人物だけを記憶します。彼が見つめていたのは、日本の外に広がる世界だけでは無かったのかもしれません。




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