宇野俊次(葉野清治/渡部篤郎のモデル)は本当に怖かった!?

宇野俊次(うのとしじ)さんは、作家・宇野千代さんの父です。NHKの朝の連続テレビ小説(朝ドラ)「ブラッサム」の放送で注目をされています。

朝ドラ「ブラッサム」の中では、葉野清治(渡部篤郎)として、すごく厳しい父親です。清治のモデルとなっている宇野俊次さんが本当に厳しかったのか。

 

宇野千代さんから見て、父・宇野俊二さんはどんな人物だったのか。朝ドラと実際の宇野俊次さんがどう違うのかをみていきます。

宇野俊次とは?

宇野俊次さんの具体的な生年月日はわかりません。ただ、わかっているのは宇野千代さんの父で、宇野千代さんを産んだ時に42歳だったということ。なので、1855年生まれだと思われます。

先祖代々、岩国では有数の酒蔵であった「宇野酒蔵」の次男に生まれています。「宇野酒蔵」については、長男の宇野政介さんがを継いでいます。

 

宇野俊次さんは、家を持たずに諸々方々を放蕩無頼な生活をして暮らしてきた人物です。そして、宇野千代さんの印象として、父といえば馬という印象をもっていました。

馬がなにかに打ち付けられている音が、家の馬小屋から毎日のように聞こえてきていたからです。しかし、宇野千代さんが物心ついたころには馬はいませんでした。

 

そのため、宇野俊次さんが馬を飼っていたのかいなかったのかはわかりません。宇野家では、父について何かを聞いたりする習慣がなかったのです。

それは、千代さんだけでなく弟や妹もみんながそうでした。それだけ、宇野俊次さんが怖かったということなのかもしれません。

 

宇野俊次さんは、宇野千代さんの記憶ではいつも時計の間に座っていた。時計の間からは、家中が見渡すことができるため、泉水や大きな鯉や金魚が泳いでいるところが見える。

その向こうには、みかん畑のみかんやブッシュカン、まろめろ、ぶどうの棚もありました。

 

宇野俊次さんは、時計の間でいつも口を真一文字にして、独特の雰囲気をだしていた。人を近づけないオーラがあったのです。

それとは逆に馬や鯉、金魚にみかん、ぶどうなどの動植物についてはしっかり育てていたということがうかがえます。

警察に逮捕される

宇野千代さんは幼少期、学校から家に帰って外にでたことがなかったという。でこ廻しや猿芝居がやってきて、近所の子供が集まる中で、千代さんは一度も外に出たことがなかったという。

特に、宇野俊次さんにそういうことを言われた記憶もないけど、それでも外には出ていなかったという。それは、弟妹も同じです。

 

それは、宇野俊次さんが亡くなった後に解禁されました。父がなくなった後に、猿回しがきた時に、長男・薫、鴻、光雄と次々に外に飛び出していったのです。

それだけ、宇野俊次さんに厳しい雰囲気があって、外出するのも許されない雰囲気があったのだと思われます。

 

そんな状態でも、宇野千代さんは自分では可哀想などと思ってことはなかったという。父は、そういう人だったというだけである。

ある時、宇野俊次さんは2日間家に帰ってこない時があった。それは、警察に捕まって留置されていたからです。

 

宇野俊次さんは、博打が大好きで博打の常習。そのため、警察に捕まってしまったのでした。千代さんは、警察に迎えに行ったときに母・リュウと一緒に弁当をもっていきました。

宇野俊次さんの性格を一言で言えば自由奔放です。やりたいと思ったことは、なんでもやった。これはいけないというものがない。

 

この辺りは、博打好きで男女関係が自由奔放だった宇野千代さんに通じるところがあるのではないでしょうか。

宇野俊次さんは、花街にもよく繰り出していた。そこで、一つの伝説がある。それは、大勢の客の汁物の中にひよこを隠してだしたというものです。

 

蓋をあけて、ヒヨコがいたので驚いたという伝説。ただ、ヒヨコがふたをあけないのか等ぎもんがあります。なので、どこまで本当かはわかりません。

お金はどうしてたのか

宇野俊次さんについて調べていくと、1つ気になるところがあります。それは、お金をどうしていたのかというところです。

みかんやぶどうなどを売って、生活するほどお金を得ていた様子もありません。これだけ自由奔放に生きて、子供もたくさんいる。なので、お金の出どころが気になります。

 

ここについては、長男・政介さんのところから仕送りされていたようです。毎月1日と15日にお金が送られてきていたのです。

宇野家から分家にでた時に、相応の財産をもらっていたけども、それはすぐになくなった。そのため、毎月1日と15日にお金が送られてきていたのです。

 

このあたりは、本家と分家でどんな取り決めをしていたのか。分家に出る時の約束がわからないとなんともいえませんが、相当のお金が送られていたのは間違いないでしょう。

千代の嫁入り

宇野千代さんが13歳で、藤村亮一のところに嫁入りするにあたって、縁談はすべて俊次さんが決めました。

藤村亮一の母親と俊次さんが話合って決めたのだと思います。千代さんは、亮一の母に連れられて家に行ってお菓子を食べた。

 

何も知らないはずの俊次さんに、伯母のところに遊びに行ってこいと言われて、千代は再び行った。すると、帰りが少し遅くなり、亮一が送ってくれた。

暗くなって、男と一緒に帰ってきたことで千代さんは俊次さんに何度もビンタされた。その後、藤村亮一との縁談の話が持ち上がった。

 

夜遅く一緒に帰ってきたのだから、藤村亮一のところに嫁入りするのだぞと半ば脅しのような言葉を言って嫁入りさせました。

これは、亮一の母と俊次さんが話し合ってないと到底できません。この時代、親が嫁ぎ先を決めることから、そんなに不思議なことではありません。

 

ただ、自分が遊びに行ってこいと言って、送ってもらったらビンタを何発をするっていうのが、すごいなとは思います。

そして、根本的には俊次さんは優しかったのではないでしょうか。この縁談は、自分が病気でもうすぐ亡くなってしまう。

 

それがわかっていたので、自分が生きているうちに千代さんのことを嫁入りさせたのだと思います。なので、結果的に数日で家に戻ってきた千代を怒らなかったのではないでしょうか。

千代やリュウは、嫁入りした後に数日で帰ってきたとなれば、どれだけ殴られるのかと思ってビクビクしたことでしょう。

宇野俊次さんの最期

宇野俊次さんは、千代が戻ってきてしばらくして亡くなりました。最後は、台所の出刃包丁をもって、近寄ったら全員切るといって暴れました。

外は雪が降りしげる中、雪に汚物も吐いています。吐血をして、ずっと寝ている状態であったのに、どうして最後にこんなに元気になるのか不思議なぐらい。

 

千代の母・リュウが助けてと泣き叫ぶ中、油屋の男衆が俊次さんを担ぎあげて家の中に入れました。その時に、もう俊次さんは手をだらりとさげていた。

最後の力を振り絞って、包丁を振り回したのでしょう。それが、宇野俊次さんの壮絶な最期となりました。

朝ドラ「ブラッサム」との違い

朝ドラ「ブラッサム」の清治(柳葉敏郎)と俊次さんは違うところもあれば、同じところもあります。まずは違うところでいうと、清治は長男、俊次さんは次男というところです。

朝ドラの中では、長男だけど決まったことをやりたくないということから酒蔵を継がなかったとありますが、俊次さんは次男なので元々継ぐ立場になかったのではないでしょうか。

 

ただ、違う点はここぐらいであとはモデル通りに描かれていると思います。少し脚色はありますが、元々、俊次さん自身がすごい人ですからね。

凄く厳しかったところもモデル通りだし、警察に逮捕されたところ。お金をどうしていたのかというのも宇野俊次さんと同じ。

 

最後の亡くなるときに、包丁を振り回すってエピソードが朝ドラにもありますが、とんでもないエピソードに見えて基本的にはモデル通りに描かれています。

なので、宇野千代さんのことを調べてる時も思いましたが、NHK朝ドラ「ブラッサム」基本的にはモデルの人物を忠実に描いている印象です。

 

ただ、これは現代には合わないな。批判が殺到するかなという点はマイルドに脚色しているのだと思います。

実際の人物を調べると、朝ドラ「ブラッサム」がもっと面白くなるでしょう。朝ドラ以上にドラマみたいな人がたくさんいますので。

 

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